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年明け初めての洗車

愛車キュービック。

キューブじゃないキュービック。

キュービックは7人乗りで三列シートがあります。

新車で購入してから、もうかれこれ10年以上経過していますが、全く問題なし。

良い車です。

何が良いのかというと、ふつうの乗用車やステーションワゴンの形は屋根がボディよりも狭い。

あくまで流線型のデザイン、スタイルを良く見せるためなんだろうと思うが、これだと、雨の日にガラスを少しでも開けようものなら雨が車内に入ってくる。

いくら、サンバイザー兼雨よけがあろうともだ。

そして一番の難点が車内が狭くなる。

これはいただけない。

それに比べて我がキュービックは、ドアから垂直に屋根まで続いている。

車内は広々、少しくらい窓を開けたってへいちゃらさ。

おまけに天井も高いから言うこと無し。

スタイルも最高に気に入っている。

こんな車はなかなか無いと思っています。

最近の新型キューブは丸くなりすぎて好きになれません。

フロントとリアに変な出っ張りもあるし、かっこ悪いと個人的な主観です。

だから、今のキュービックが動かなくなるまでずっと乗っていたいと考えています。

メーカーさんも箱型の車をもっとラインアップしていただけたらと・・・・。

早いもんだな一年なんて。

人は生きている限り常に変化していく。

去年の今頃のことは遠い昔。

私たちの体の細胞は、11か月で全て入れ替わるという。

本来であれば全く違った別物の人物になっていてもおかしくない。

でも、意識は同一人物。

生まれた時からずっと続いている。

今年ももう11月になった。

早いもんだな、一年なんて。

ラジオから虹の彼方へが流れる。

メロディーに乗せて物哀しい雰囲気が漂う。
今年一年を振り返って、何か進歩があったか考える。
平凡な毎日をただ過ごし、これといったことは何もなかった。
ただ、歳をとるだけ。
でも、平凡が一番、何事もないことが一番だと人は言う。
 
過去や未来はなく、あるのは今のみ。
明日のことを考えるよりも今この時を懸命に生きる。
それが、明日になり、明後日になり、年になる。
そうすれば毎日が充実し、何もなかったとは思えないだろう。
 
ただ、それは十分わかっているが、そうでもないことも分かっている。
張り詰めた生き方は耐え難い。
 
何となく生きている毎日があるのみ。

 

事故

幅4メートル程の路地裏の直線道路、ゆっくり車を走らせていた。
細い横道が何本もある。
対向車とすれ違いさま、突然、左から小型車が飛び出してきた。
前方僅か2メートル。
避けようがない。
フルブレーキ。
咄嗟にハンドルを右に切りながら。
左から出てきた小型車は、私と同じ進行方向で、私の目には小型車の右側面とドライバーが見えた。
瞬間、助手席に小型車の右前方が当たった。
ガシャッという音と、助手席に飛び散る砕けたガラス。
最悪だ。
幸い怪我は全くない。
相手も怪我は無く、物損事故。
全く世の中、何が起こるか分からない。
相手は若い女性。
彼女も困ったんだろう。
ひたすら謝ってきた。
その後、警察を呼び、保険で車を修理することになった。

あれだけ沢山あった柿の葉が、今朝の強風に煽られ一斉に落ち葉となって、秋の空に舞っていく。

春、新緑に輝きながら大きくなって、暑い夏の日差しを全身で浴び葉緑素を作り木を支えてきた。
年月の経つのは早く、その役目ももう終わった。


風に吹かれ木から離れたその時から、やっと自由になれたとしても、風に身を任せるだけだから行方も知らない。
落ちたところが最終地点か。これから地球という母なる大地の栄養になり、また新しい木の芽吹きを助ける。
巡り巡っている命は、全てに通じその根源はこの宇宙全体に広がっている。
私たちも葉と全く同じすべての命は巡り巡っているんだね。

犬は友達

 

イメージ 1
犬は友達だ。
相手を思いやる気持ちを持っていると確信している。
小さい頃、二匹の犬を飼っていた。
近所に同年代の友達がいなかった私は、いつもその二匹の犬と遊んでいた。
当時は、リードに繋いでいないといけないなどと、うるさい事はいわれなかったし、結構、野良犬も多かった。
二匹の犬を従えて、近所の川原へ行ったのを覚えている。
川面に反射する太陽がキラキラ輝いて綺麗だなと、見ていた記憶があるが、その後全く覚えていない。
気がついたら家にいた。
喪失した記憶の間の出来事を後で聞いた。
 たまたま車で通りかかった知り合いのおっちゃんが、川で溺れている私を見たらしい。
ただ、二匹の犬が私の両肩の服を咥えて川岸へ引っ張るようにしていたという。
おっちゃんはが、ずぶ濡れの私を家まで連れてきてくれたらしい。
要するに犬に助けられてということだ。
 やっぱり犬は友達だ。
 

メガネ

近視である。

それも強度の。
視力は0.04、メガネを外すと殆ど世界がボヤけて何も分からない。
何も見えないというわけではなく、ボヤけている。
 メガネの度が強いと、レンズが当然厚くなり、掛けたときは目が小さくなる。
あまり良いものではない。
 災害が起こった場合、メガネが無いと大変なことになってしまうと常々考え、緊急時の避難袋には予備のメガネを入れている。イメージ 1
 身動きがとれなくなってしまうと困る。
だいたい、寝るときはメガネを外し、枕元に置いておかないと起きたときに動くことができない。
メガネをかけたまま寝てしまって、いくつもメガネを潰した痛い経験がある。
 近視の人は、物事をよく見るように近視になるということを聞いたことがある。
確かに、私はおっちょこちょいで、あまり考えずに行動したりするところがある。
文章などよく読まず早合点して、痛い目にあったりすることも多々ある。
そんなものかな・・・。

ラーメン

ラーメンを作った。

インスタントラーメではない。
生麺を茹で、スープをあらかじめ作っておくラーメン。
いや、スープというのは難しいもんだとばったかり思っていたが、そうでもないらしい。
中華スープの素と麺つゆだけで十分美味しいスープができてしまう。
今まで、鶏ガラやネギやらなにやら、一昼夜煮込むもんだとばかり思っていたが・・・。
美味しいものは美味しい。
ただし、こんなことでスープができてしまうということは、一般の食堂なんかも、こんな感じでスープを作っているとことがあるのかもしれないと勝手に思った。
体に良いものではないな・・・。
ラーメンスープは最後まで飲んではいけないといった意味がなんとなくわかった。
毎日ラーメンを食べたいとは思わないが、、たまに無性に食べたくなる。
人間というものは、一度覚えた美味しいものは、また食べたくなるもの。
 
メタボが騒がれている。
しかし、世の中メタボを誘発するような食べ物しかないではないか。
何を食べようと添加物バリバリで、自然食品などというものは皆無に等しい。
野菜を沢山食べろと言われる。
しかし、スーパーで売られている野菜自体に農薬バリバリ混入している。
こんなものを沢山食べたら体には良くないでしょう。
ありとあらゆる食材に混入する添加物、農薬、逃れようがない。
 
では、自分で畑を耕し野菜を作ればいいのか?ということになったとしても、種自体が怪しい。
一度、育てた野菜の種からは正常の野菜が出来ない。
昔の種と違う操作された種しか売っていない。
昔のトマトはもっと青臭かった。
トマトの生臭さ。
あの味が忘れられない。
今ではもう食べることは出来ない。
 
健康を維持するということは、多分に食に影響されるにもかかわらず、この有様。
これからの子供達はどうなってしまうのだろう・・・・。